Change the Future

IT系のエンジニアから、中国にて外資系企業で国際感覚を学ぶ。エグゼクティブ向けのパーソナルコンサルティング、日本人が世界に出て活躍するためのサポートをしています。http://future-makers.net/

実在と存在の違い

また、小難しい表現をするとアクセス数がぐっと落ちて

「あちゃぁ〜…」と感じるので

なるべく簡易にしたいのですが、、

 

「実在」と「存在」の違いが分かる

そういう概念を持っていると、世の中の無益な摩擦や葛藤から

開放されることがけっこうできるんです。

 

「神様系」「宇宙系」「エネルギー系」の真実を論じて

無用な時間とエネルギーを浪費せずに済むようになります。

 

論じるのが大好きな人達も居ますから

それはそれでエンタメとして楽しんだらいいと思うんですが

 

何が真実か、否か…で突き詰めていくと

大変な蟻地獄を味わう羽目になります。

 

なぜって、

3次元上で、永遠に触れたい

と願うのと一緒のことだからです。

 

3次元上(=この世)で

「無限」や「永遠」には、見ることも触れることも出来ません

認知できないんです。

 

あの世を論じるとは、あの世の真実を追求することは

そういうことです。

上座部仏教では、一刀両断。

お釈迦様は、「この世にいる時にあの世のことは考えんでよろしい」

とおっしゃっています。

言い得て妙ですね。

 

でも、現実に

神を見ました!体感しました!経験しました!って

話が世界中にごまんとあります。

 

これらの扱いはどうするんだ?

ということになりますが

ここで「実在」と「存在」の違いが分かっていると

便利になるんです。

 

物理空間上である、ない、を論じて

「ある」とするのが「実在」です。

こころという情報空間上で

「ある」とするのが「存在」です。

これを統合して理解しておくと

とても便利な使い方ができるようになります。

 

何も否定せず、何も肯定しない

でも矛盾していない

ということが可能になるのです。

 

「魂」とか「霊」とか「神」の次に厄介な定義がありますが

これも「存在」として認めることができます。

でも「実在」は極めて怪しいのです。

本当にあるか、ないか…証明できないものだからです。

 

臨終の際の重さを測ると21g減る…ってやつですが

質量があるってことは

魂は物質ということになってしまいます。

 

物質であると、有限になるのです。

え、魂って無限の存在じゃないの?とそもそも自己矛盾を生じてしまいます。

この世で証明できるものは、この世にあるものでしか証明ができません。

これこそがパラドクスになるわけです。

 

まぁ、実際に確実なものって無いんです…って証明ができちゃいましたから

この世に「確実で完璧なものはない」=「神という完璧な存在はありません」

と証明が20世紀にできちゃったんですね。

これが不確定性定理です。

 

でも、ココロの中という

極めて抽象度が高い「情報空間」ならどうでしょう。

心の中は3次元にとらわれず

時空を超えて存在ができる「場」です。

夢の中でもいいんですが。

 

思い出の中、記憶の中にありありと「存在」する姿は

まさに「居る」わけです。ちゃんと「ある」。

 

「存在」と「実在」の違いがわかれば

宗教戦争などは、起こる機会がぐっと減るでしょう。

あなたの考えは間違っている!という機会がぐっと減るのでね。

 

この世にいるのか居ないのか

私のこころにいるのか居ないのか

 

ぜんぜん問うてる次元が違うのです。

 

で、存在があるかないかが「信仰心」というやつになります。

人の心の中にケチつけんなよ、と思うんですが

世の中には気になる人が多いみたいですね。

私の信じている「宇宙」や「神さん」が正しいんだ、と。

 

少し話は変わりますが、

不幸にも若くして身内を亡くした方がいるとします。

何人か実際に知り合いがいますが

本当に仲良しだったので

その悲しみや喪失感は想像を絶するだろうなぁと思います。

 

あの世でも、どこでもいい

生きていて欲しいと願う、気持ちはわかるように思います。

あの世で幸せに暮らしている…

そう考えると、安心ができるのです。

 

生まれ変わったら、また会いたい

そう願うことで落ち着くことが出来ます。

 

私はそれでいいと思うのです

 

この「生まれ変わったら会える世界」が

本当なのかどうか

実在するのかどうか?

この議論をするからややこしくなる。

 

実在を肯定すると

輪廻転生を奴隷制度に応用することもできるのです。

現に「聖戦」で死ぬと「処女72人と交われる天国に行ける」

輪廻転生システムを利用して自爆テロができる人材を育成していますね。

あの世という世界を利用して

命を軽くすることにも応用ができるのです。

どんだけ強欲なんだと思いますが(笑)

 

また、亡くなった人のことを

寂しい辛い、なぜ居なくなってしまったのか…と

嘆き悲しんでいると浮かばれないという

考え方もあります。

 

本当に、この世で生きている人の未練が引っ張って

亡くなった人はあの世にいけなくなるのでしょうか?

 

この問は、実在論です

 

でも、存在論として話をするならば

いくら悲しみや喪失感を感じていても

前に進むことが出来ず

その人は時間が止まったままとなり

自分の人生を生きることができなくなってしまいます。

 

だから、あの世にいけなくなるから

あの人のために、悲しむのをやめよう

自分の悲しみを乗り越えようとするエネルギーにすることができます。

 

大きな悲しみを抱えている時に

我に返るのは至難の業です。

でも、悲しんでいる対象のことを本当に思うなら

自分がしっかりしなくっちゃという

気持ちになって立ち上がることができるでしょう。

 

これが「存在論」の活用です

 

ココロの中で、亡くなった人のことを想うのです。

ちゃんとあの世に行けるように

前に進もうとすることができるのです。

 

真実はどうなんですか?

って探求したい人は

永遠を3次元で探すような旅に出ればいいでしょう。

 

ココロの中に実在を許す

これが存在している、という感覚なのかなぁと思います。

 

私の心にはいないものだけど

あなたの心の中にはいるのね

 

というのもありでしょう。

 

話はまた飛びますが、

心の中には自分ひとりだけしか居てほしくない!

というのを「独占欲」と言いますね。

 

でも、どうでしょう。

独占欲に縛られて窮屈な思いをさせられる彼氏・彼女と

 

『気になる人も含めてまるっとあなたのことを愛してあげる』

 

なんて、まるで魔力のような力を持ったエネルギーで

包まれてしまうのと

「ほぇ〜」っとお腹を出してしまいそうなのは

どちらでしょう?

ということなのです。

 

人は、物質の空間だけが「現実」と思っていますが

そうではありません。

心の中の「空間」も含めて

というか混在して、実は「現実」を味わっています。

 

あの世とこの世をどう定義するのか。

この問いこそが、実在論の果てしない戦いとなります。

この世の中の「ココロの空間」は

実は誰でも日常的に使っている空間なのです。

 

相手の中のココロの空間は

分かったり、分からなかったり

つながっていたり、つながっていなかったり

秘密にしておきたかったり、分かってほしかったり

厄介な場所です。

 

でも、ここに気がついてものごとを見ていくと

あまり争いや、葛藤や、摩擦にならないことが

往々にしてあるのです。

 

こうやって、哲学的な記事が続くと

あー、アクセス数落ちるだろうなぁ(笑)と思いながら

 

いつかどこかで、誰かの役に立つようにと思って

思いついたことを今日も書いています。

 

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