Change the Future

IT系のエンジニアから、中国にて外資系企業で国際感覚を学ぶ。エグゼクティブ向けのパーソナルコンサルティング、日本人が世界に出て活躍するためのサポートをしています。http://future-makers.net/

ナートマン思想

いつかこの問題にぶち当たり、苦悩する人のために書き記しておきます。

検索キーワードも幾つか設定しておきました。

今ぶち当たっているものを超えた先がちゃんとあるよと、

いうことを知ってもらうために。

なので、いつものブログはお休みと思っておいてください(笑)

 

自分の存在をいかに定義するかによって、

世界観が変わります。

自分の存在を「実在ーアートマン」として定義すると、どうしても「神ーブラフマン」が必要になってしまうのです。

双子の関係性を維持させないと、宇宙で自分はたった独りになってしまうから。

 

全ての存在は幻想。

恋人も、となりのおばちゃんも、おかんもおとんも全て自分の自作自演。

これに気がつくととても寂しいですね。

「覚醒」とはこれを知ってしまうことです。

 

物理空間で、リアリティを感じるじゃないか

この触ったものは本物でしょう!と思うかも知れませんが

夢でも同じ体験をしていると思います。

夢を見ている時、リアリティを感じています。

でも、そこは物理空間ではありませんね。

物理空間として知覚している世界は、

その法則が共通認識になっていると言うだけです。

五感を通して感じることを、リアリティとして感じていて

それをみんなが同じリアリティとして約束している、というだけなのです。

夢の世界は、ちょっとだけ約束事がゆるい世界。

時間という連続性が崩れている世界です。

物理空間は時間に連続性があると、みんな共通認識があります。

 

五感の認識力を極限まで高めると

瞑想でもLSDの様な薬物でも方法はいろいろありますが、

幻想から目覚めてしまいます。

宇宙は全て自分が作っていて

宇宙には自分たった独りしか居なかったんだ、、

全能がゆえの孤独を猛烈に感じます。

 

覚醒体験のあと、うつ病を発する人が多いのはこのためです。

至高体験は万能感、全能感を伴いますが

あ、やばい自分独りやんけ...という事に気がついてしまうのです。

 

現実に帰ってきた時に

猛烈な虚無感に襲われるのはこのためです。

そう、あなたは修行が足らんのです(笑)

 

私は翌日からごはんを美味しくいただきました(笑)

それは、まだこの先があるなと直感したからです。

結論付けるにはまだ矛盾があると。

 

現実という幻想は多重構造になっていて

まるで映画の「インセプション」みたいな世界です。

覚めても、覚めても、夢。

 

そこで、はたと気がついたことがあります。

自分だけがアプリオリな存在、

自分だけが神のような存在、

宇宙を作った創造者とすると、一人ぼっちになります。

とても寂しいですね。

 

でも、自分の存在も幻想とします。

実態がないという

怖いかも知れませんが、それで思考実験をしてみると

納得がいくのです。

私という存在は、宇宙の全てが作り出している

関係性の織りなしたもの。

私という実在を存在させてしまうと、孤独になりますが

私は実在しないんです。幻想です。

どんな幻想かというと

たくさんの関係性(実は宇宙全体)の中から生まれた存在です。

すると、私と宇宙は一つとなり

私とみんなは等価となります。

「関係性」

お釈迦様は「縁起」と表現されましたね。

 

すると、孤独という概念すら生まれない世界が広がります。

だって「関係性」で「生まれる存在」なのですから。

関係性とは自分以外の出来事や物事全てのことです。

自分と全体が含み、含まれているということですね。

 

部分の集合ではないのです。

全体と自分、という分類もできないのです。

あえて言うならば、全体が自分です。

全体を構成している自分でもあります。

 

ナートマン思想とは、自分の存在を実在としない思想です。

存在否定ですから、普通はかなり抵抗があると思います。

でも、これがないと神や創造主が必要となるのです。

宇宙は自分、と考える時、

それに対になってくれる大きな全体の機能がないと

自分が孤独になって寂しいからです。

 

自分が実在しないと受け入れることができると

始めて関係性で成り立つ自分、というものが理解できるようになります。

自我を定義できないのはこのためです。

関係性でしか自分を本当は定義できません。

何が欠けてもこの世に存在しない私。

と「宇宙全体を包み込む私」

 「宇宙全体から生まれた私」が観えてくるのです。

全体がわたし、ですから

孤独ではありません。

対になる何か、を創造しなくても寂しくありません。

 

さて、自分が実在しない

全てが幻想...

幻想から覚めても、夢が続く...

この物理宇宙は何のために存在しているのか?

 

この問いかけが、最初のメッセージにつながります。

 

それでも物理宇宙は、物理空間で

「生命現象」として表現される「私」を

認識するためです。

 

より、生命現象を味わうには

他者との関わりの中で

様々な知覚活動を行うこと。

ちょっと無機質過ぎますか(笑)

 

幸せを沢山味わうことです。

 

幸せは、他者に貢献することで

より強く感じていきます。

自分の夢を大きく膨らませ

それが沢山の人達の喜びに接続していると

幸せと感じるものが大きく広がっていきます。

 

自分一人ではなし得ないことも

様々な人達との協力で成功すると

喜びもひとしおですね。

幻想と分かっていてもなお、素晴らしい時間を創造し生きるということ。

 

地球は流刑の地などではありません。

流刑と言うなら、この宇宙全体が流刑地です。

流刑地という感覚も幻想です。

そんなものはどちらでもよく、

幻想と分かっていてもなお、素晴らしい時間・空間を創造し生きること

これがやっていけますか?やりますか?

ということなのです。

やったのがお釈迦様です(笑)

その他、気がついていた聖人もたくさんいたでしょう。

 

恋人や親や子供が幻想なのではなく

あなたも幻想、わたしも幻想なのです。

それでもなお、生命として輝くことを選択していきましょう。

というのが、私のあなたへのメッセージです。

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