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幸せの探検

東京とハワイで自由気ままに活動中。ヒーリング・スピリチュアルカウンセリングのサロンを営んでいます。http://laral-ight.net/  幸せはなるものでなく感じるもの。夢を叶える、幸せに暮らす、自分の人生を生きる、地球とか宇宙とかをテーマに書き散らかしています。

あなたは「自分を毛嫌いする」相手と友だちになれるか。相手の感じ方を許して究極的に楽ちんに生きる

「あなたのやっていることは、悪魔との取引だ。」と、言われたら?

しかも、信頼している人から。

 

少なからず良心がある人ならば、悩みますよね。

ーえ…そうなの?

だって、誰だって嫌でしょ。悪魔に魂売って手に入れているものがあったとしたら、なんか自分が「落ちた」感じがして。それって嫌ですよね。

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スピ系では、よく

周波数ごとに集団が別れていって、ある領域の人とは出会えなくなる。

と言われています。

結果的に、生息域が固定した結果、出会えなくなれば致し方ないでしょう。

「私は温暖なところが好き」「私は涼しいところが好き」

という好みの問題のようなものです。

しかし、下手をすると選民思想です。

 

 

温暖なところを「物質」

涼しいところを「精神」

に置き換えてみるとどうでしょう。

 

 

ややこしくなりそうですねぇ(笑)

 

でもね、本質は似たようなものです。

好みの問題、くらいに捉えたほうが良い。

 

結局、思想と思想がぶつかって

戦いが起きるんです。

それが、

他者と他者バージョン

他者と自分バージョン

自分と自分バージョン

がある。

 

他者と他者バージョンはどこかの国と国での戦い

他者と自分バージョンは自国の中での戦い

自分と自分バージョンは自分の人生との戦い

に成長してくわけです。

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じゃぁ、全部を飲み込んで迎合しろ

何も言うな、何も考えるな

という訳ではないんですよ。

 

人それぞれの感じ方を許すと、ものすごく楽になる

人それぞれには「感じ方」がある。

「ものの見方」がある。

それは誰も矯正する必要がない、と理解すると

とても楽になる、ということが伝えたいんです。

 

あの人の感じ方を変えて

ものの見方を修正して

考え方を改めさせないと

自分が苦しくなる

というところにアプローチをしないと

ということなんですね。

 

 

分かりやすい話、ちょっと極端な例ですが

サイコパス

って人種がいるとします。

共感能力が欠如しているので、相手の気持が分かりません。

恐怖を感じることができないため、平気で残酷なことができます。

 

普通、こういう人から離れたくなるはずです。

何されるのか分かんないし、怖いから。

 

しかし、ある種どっか突き抜けてしまうと

「あぁ、やつ。サイコパスなんだよねー」

って、

「あぁ、やつ。激辛大好きなんだよねー」

くらいの感覚になる。

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この突き抜けるって、要は

「達観」とか

「こだわりがない」とか

「自分の中の執着が外れる」とか

そんな心の動きです。

 

 

サイコパスと友だちになって、殺されたらどうするんだ!って?(笑)

結構居るんですよ、人口比率的に言うと。

そして、殺人という行動に出るにはあと2つの大きな要因が必要になるんです。

◯排斥感・孤独感を十分に味わう環境

◯大きなストレスがかかるきっかけ

それが揃う確率は極々わずか。

 

 

人が何かを毛嫌いするのは

自分の中に「認めたくない何か」があるから。

自分の中にある暴力性や残酷性を認めたくない場合に

それが見える人たちを毛嫌いする。

 

同性愛者を毛嫌いする人たちも同じ心理です。

 

残酷性、あるある。

暴力性、あるある。

けしからんセクシャリティ、あるある。

って、軽く捉えることができると、毛嫌いって感覚はあまり湧いてきません。 

 

 

 

私はある集団の中で距離を置かれたことがあります。

ある集団とは「高波動が分かる人たち」

高波動が体感覚で分かるようになると、とても敏感体質になります。

重い波動の何かが近づくと、気分が悪くなる。

だから、近寄れないのです。

 

で、その時私はとてもとても「重」かった(笑)

いろんなものに取り憑かれて、エーテル体は真っ黒けだったでしょうね。

それを自分でも分かっているので、

ーはいはい、後ろのほうで大人しくしてまーす。

と思っていた。

 

でも、1人だけあんまり構わず近づいて来てくれる人がいました。

 

なんか、嬉しかったなぁ(笑)

 

 

 

究極の達観は、

「私を毛嫌いする人」と友だちになること

なのかも知れませんね(笑)

毛嫌いすることを許しているわけです。

相手の思想、思考、感覚を究極的に許すこと。

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あ、あなた譲れないものがあるんだ〜

わたし?譲れないものあんまないけど、あるかもしれないねぇ〜

んじゃ、これから飲み行く?

 

これが出来るようになると、楽なんですよ。

ほんと、何事も。

 

あ、もちろん、私を嫌うそんなヤツと友だちになるなんてありえない、

と思うのもありですよ。

 

自分の中に和合しない、のも許す。 

自分の中で戦うことも時にありだよね。 

 

 

 

あー、私は悪魔と取引をしているのか。

それは面白い経験かも知れないね。

 

くらいに感じられるようになったら、ずいぶんと自分の中のこだわりや執着が外れたということではないでしょうか。

 

因みに、ここの心境に来るまでにのたうち回りましたけどね(笑)

 

多様性を認めることは決して、平坦でも楽でもないかも知れない

 

 

でも、この心境になってから

重い人、軽い人、いろんな人と混ざっても

あんまり影響を受けなくなってきた。

今はもう、月に2回のメンテナンスも必要なくなりました。

身体的にすこぶる楽ちん。

 

 

こころの中にたくさんの考え方が共存できたら。

自分の中に平和が訪れ

その延長線上の世界にもきっといつか平和が訪れる、

と私は確信しています。

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