幸せの探検

東京とハワイで自由気ままに活動中。ヒーリング・スピリチュアルカウンセリングのサロンを営んでいます。http://laral-ight.net/  幸せはなるものでなく感じるもの。夢を叶える、幸せに暮らす、自分の人生を生きる、地球とか宇宙とかをテーマに書き散らかしています。

自己と他者に、あなたの無条件の愛を。

恵比寿で遅めのランチを食べていると、隣で女性二人の、少しシリアスな会話が耳に入ってきました。
「◯◯ちゃんの(あなたの)、役に立ちたい病をなんとかしないとね。」

ほー。面白いこと言ってるなことの人、と思ったら、どうもカウンセラーの様です。
あまり人の話を盗み聞きしてはいけないので、かいつまんで入ってくる言葉だけ拾っていると。。

要は、彼とうまくいってなくて、辛い思いをしているようなのです。
それが、彼女の「役に立ちたい病」
カウンセラーのお友達曰く、役に立たなくっちゃって思う自分を解放せよ、とのこと。空回りして、疲れて、でも彼からの手応えはない。

どうも、それまで役に立ちたい、という思いが自分を苦しめていると気が付かなった様子なんですね。それをカウンセラーのお友達が気づかせてくれた。涙を流していました。昼間のカフェで。お茶飲みながら。それほど、染み入ったのでしょう。腹に落ちたというか、今までの紆余曲折が。

もう少し、このやりとりの深掘りをすると

なぜ、役に立ちたい病にかかってしまっていたのでしょうか。
そもそも、役に立つ事は良いことではないのか。と思いますでしょ?

結果的に役に立ったのなら、別にかまわないのです。
本人の感覚的には、ついでにやっただけで、それを評価されようとなかろうと、受け取ってくれようとくれまいと、あまり心情的に関係がないから。

でも、あなたのためにやったこと、それを受け取ってくれたりくれなかったりしたときの、◯勝◯敗が積み重なっていったら。しかも、負け越しが続くとどうでしょう。自分のやったことが意味をなくす感覚が出てくるでしょう。これが、空回り感です。

で、もっというと、どんな人がこの病を患いやすいのでしょうか。

自分の存在理由が自分でよくわかっていない人です。自分の価値は、役に立ったのか立っていないのか、行動で判断されるというものの見方を持っている人です。

何かをするしない、に関わらず。
居ても良い、生きていて良い、という自己の軸があるかないか。

どんな考え方でもいいんです。
生きていて良い、別に何ができるとかできないとかに関わらず、という感覚があるかどうか。

自分の存在理由に条件を付けないこと。

無条件の愛を自分に注げるか、ということです。

注いでいいんですよ。もちろん。

自己と他者に、あなたの無条件の愛を。

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