幸せの探検

東京とハワイで自由気ままに活動中。ヒーリング・スピリチュアルカウンセリングのサロンを営んでいます。http://laral-ight.net/  幸せはなるものでなく感じるもの。夢を叶える、幸せに暮らす、自分の人生を生きる、地球とか宇宙とかをテーマに書き散らかしています。

「今まで誰にも言えなかったこと」を話してもらうには

私はある方から「聞く天才」という言葉をいただいたことがあります。

 

まぁ、カウンセラーとして食っているので当然といえば当然ですが(上から目線でスンマセン笑)。それでも誉れな言葉を頂いて嬉しかったですねぇ。

 

私は日常の中で聞く方がメインなので、あまりしゃべりません。多分、8:2か7:3くらいでしょうか。でも、存在感があるんだそうです。私にはなんのこっちゃさっぱり分かってないのですが(笑)

 

だから、あまりしゃべらないのに、一言二言話をしようとするとすごい注目されて、私は内心「ぎょっ」っとなります(笑)。

 

私なりに、その存在感の所以を分析してみると、おそらく自我とか信念体系とか、自分を構成する芯の部分にぶち当たるんですね。

 

私は「聞く」という五感を使う時は、非常に能動的に「聞いて」います。聞くという受け身な動作が実は能動性を持つ行為に変わっているんです。だから、エネルギー的には「話す」と同じ何かを放っているのではないかと思うんです。

 

よく言う「傾聴」というやつかもしれませんが。イメージ的には耳を傾けるだけでなくもっと運動しています。それが「存在感」となる。

 

どうやって聞くという受動的なことを能動的な行為に変えているかというと、目の前にいる人の言葉や話を無条件に飲み込んでいるんです。

これが普通は怖くてできない。

 

大概は、自分の頭のなかで処理をします。この意見は受け入れる、受け入れられる、そうは思わない、無理無理、それは違うな〜、本質じゃないなぁとか。良いんですよ、もちろん。人それぞれ意見が違うことは至極当たり前です。

 

そうやって人は、自分の自我の領域を守ります。信じている信念体系で成り立っている自我をおいそれとカタチを変えてしまっては、いつもグラグラでゆらゆらで不安定な人になってしまいますから。分かりやすいのがメンヘラってやつですね。自分の心の置き場所が分からないので、情動が落ち着かないのです。

 

自我とは、これが自分だと思っている集合だと思ってください。「え、こうだと思ってたのに、違うの??」って思うと、安定が崩れますでしょ。

私を変えたい!!って思う人ほど、情報に飛びつきます。新しい自分を発見したいからです。自分に自信のない人は、とにかくいろんなところへ行って見聞きします。自己啓発セミナーにハマるタイプです。

 

自分を認めている人ほど、あまり新しい考え方や違うものの見方に興味がありません。満足しているから、変える必要が無いのです。あとは、自分を変えることに恐怖のある方(笑)自分の持っているものと異質なものは極力排除しようとします。

だから、聞く耳を持たないわけです。

 

では、安定しながら、自分を認めつつ他者の意見も自分の中に受け入れていくというのはどういうことなのでしょうか。私がやってきたことは、「価値判断しない」「聞くことだけに集中する」ということ。

 

聞いてる最中に考えない。

 

良いとか悪いとか、それ違うとか、そうだそうだ、とかも考えない。ただただ聞く。

話している方からすると、すごく受け入れられている感じがするのです。そして、もっとしゃべりたくなる。よく聞いてもらえるから。

 

どうもこの人、何を言っても非難しないし、批判しないし、受け止めてもらえるらしい、というのが伝わる。だから安心して話せる。「安心して話してねオーラ」がおそらく存在感の所以なのでしょう、と思うのです。

 

「今まで誰にも言えなかったこと」を話してもらうには必要不可欠な部分です。

 

では、「より深い安心感」を感じてもらえるにはどうしたら良いのか。より深く相手の言葉や言いたいことを受け入れることですが、そこには「聞く側の自我に対する態度」があります。

 

先ほど申し上げた、自分の中の安定と不安定の部分です。

 

自分は自分らしく居ていい、というのをどれだけ許容できるかで、相手が相手らしくいても良い、という「違い」「差異」を認められるのか。これで、相手と自分がどれだけ違っても受け入れられる、聞くことができる力が大きくなるのではないか、と思うのです。

 

受け入れるとは同化することではありません。純粋に相手を認める、ということだと思います。それは、あなたを否定しないよ、ということではないでしょうか。

 

否定しない、というのは実は積極的な行為です。否定しちゃいけない、とは違いますよ(笑)否定できるけど、してもいいけど、否定しないよ、という感じでしょうか。

 

否定しないことって愛でしょう、と思うのです。どこまでも違うことを否定せずにいられたら、宗教(一神教的)の対立は終焉を迎えます。同化しろってのは、同じになれってことですから、こっちの神を受け入れろってことですからね。否定しない、んでいいんだと思います。

 

聞く側の(自分の)自我に対する態度、聞く姿勢が宗教戦争の終焉まで行きました(笑)

 

だから、奥深くまで安心感を与えられるようになるんだと思います。

 

聞くことは受動的と思われがちですが、実は積極性のある行為にすると戦争が終わります。聞くことを積極性にまで昇華するためには、自分の自我に対する態度を考慮しなければなりません。それは違いを認められるようになること。違いを認められるようになるには、自分らしくあっていいんだよ、と自分に許可を出せること。

 

聞く側にはチカラがあるんです。いかようにも話してもらうことができます。

 

というわけで、薬物依存から抜け出したい、抜け出た方々のシェア会。まだまだ募集中です。秘密厳守。

3月27日(日)15時〜恵比寿です。途中参加・退場歓迎です。

ご興味のある方、office☆lara-light.net(☆を@に変えてくださいね)ご連絡お待ちしております。

 

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